久里浜のマダイ釣りの変化と歴史

アドセンス上

吾輩が久里浜のマダイ釣りを始めたのは2010年4月17日(土)の春の大雪の日だった。
その時から2017年に至るまで、マダイ釣りを釣り師としてのライフワークとして来た。

最近、随分環境が変わったと思うのでまとめておきたい。

当時の久里浜の沖釣りと比べると以下のような変化があった。

コマセ

当時はアミエビとオキアミを混ぜてマダイを寄せるコマセだった。
アミエビは船宿が無料で用意してくれていて、お客はオキアミのみを買うスタイルだった、アミエビとオキアミの比率を考えるのも当時の楽しみだったのだが、最近はオキアミのみとなった。

当時は棚は下から取るのが主流だった。
錘を着底させて、船長が指定する棚分巻き取って棚を合わせる方法だった。
最近は上から棚を取る船が殆どだが、釣れる枚数は当時と変わらない気がするのは気のせいだろうか?

当時の釣り雑誌では、錘が着底した瞬間に餌付けされたマダイが集まってくる。とも書かれていた。

ビシ

当時はサニービシ80号が主流だったが、最近はサニービシFL80号の小さいビシが主流となっている。
あまり多くオキアミを撒くとエサ取りが寄ってくるというのが理由なのと、潮の早い時にビシの抵抗を減らすことが目的のようだ。
さらに、最近はLTタックルで釣る船も出てきており、サニービシFL40号という船宿もある。

仕掛け

当時は6m~8mの仕掛けが主流だったが、最近は8~10mの仕掛けの船宿もある。
長くするメリットはコマセから離して、エサ取りから付けエサを離すというのが理由のようだ。

ロッド

2010年のマダイ用ロッドはつり丸や釣り情報でも3.3~2.7mが主流だった。
長いマダイロッドが有利だと考えられた当時は、長い竿が波と船の振動を吸収してくれるというのが主な理由だが、吾輩の結論としては長い竿のアドバンテージは無視してもいいのが持論だ。
今は2m前後のライトタックルも当たり前になり、当時の理論は完全に破綻している。
歴史が明確に否定しているように柔らかくてベニョベニョのマダイロッドの必要性は無いのである。
わざわざ錘負荷を無視してミヨシとかアルシエラを購入する人は良く考えたほうが良い。

唯一、マダイロッドに於いて長い竿が有利な所は、マダイが急に走っても衝撃を緩めてくれることだけではないだろうか?
それも、最近の優秀なリールのドラグ力があれば問題なくカバーできると信じている。

まとめ

結論を言うと、時代に合わせたタックルが開発されており、当時当たり前だと考えられた技術には根拠があまり無い事も多いということだ。
そして、これからも釣りに於いての当たり前は、刻々と変わっていくものであると信じている。

太公望舎「ワシが戸田島 平八だ! 魚の王、真鯛釣りに王道無し!ゴムみたいな竿なんかいらん!」より

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